special

France_pan 8th session
「咆哮マーチ」ポストパフォーマンストーク

【再演すること】

【笑いののもたらす関係】

【踊っちゃった】

【作品の作り方】

【盲目~身体的欠如~】

【盲目の演技、ネタバレさせた意味】

【先にあるもの】

【先にあるもの】

土橋  最後に一つ質問があるんですが、先日のブレヒト没後50年ドイツ演劇祭のオープニングシンポジウムで市川明先生西堂行人さん とうずめ劇場のペーター・ゲスナーさん の御三方が話されていて、その際ペーター・ゲスナーさんと西堂さんが対照的なことをおっしゃっていたんです。
ペーター・ゲスナーさんは東ドイツ出身の演出家さんなのですが、「もはや演劇では何か新しいことを行うのではなくて、過去にあって今は忘れられてしまった面白いことを再発見していく場として、割り切ってやっていくしかないんだ。」というような内容のことをおっしゃってまして。
それに対して西堂さんは「いやいやまだまだ先はある。新しいことは可能だ。」というようなことをおっしゃっていたんです。
具体的にそれが何かはおっしゃっていなかったんですが、「ハイナーミュラー よりも先はあるから、若い人には頑張って欲しい。」とか。僕はどちらの意見にも納得できるんですが、どちらかというとペーターゲスナーさんの意見が気になっていて。たしかに新しいことって本当に可能なのかなって思うんですよね。
伊藤さんはそのあたりをどう考えているのかお聞きしたいですね。

伊藤 次回もまた今までと違った形でをやるつもりです。僕は本当に飽き性だと思うんで、どちらかと言うと新しいものを探したい派ですね。

土橋 名前のない道を探したい派で?

伊藤 そうですね。

土橋 僕も探してみたい気持ちはあるんですけど、ほんとどこに行ったらいいのかとか思いません?

伊藤 最初に敷かれたあるものの上に乗っていても、最初は面白いんですけど、段々ムカついてくるんです。俺だって何かできるよ!!ってなる。ただの流行になっても嫌ですが。

土橋 なるほど。最後にいい話聞けました。じゃあ次からは新しいことをしようとしている伊藤さんの作品を見るつもりで来ます。

伊藤 いやいや(笑)

清水 そろそろお時間も迫ってまいりましたので、ポストパフォーマンストークを終わらせていただきたいと思います。本日はありがとうございました。

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